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パニック障害改善プログラムとは ③

パニック障害改善プログラムコーチ 山田直樹氏作成の「パニック障害を自宅で改善するプログラム」を紹介しています。
ここからは、自らもパニック障害の経験があり、それを克服した経験をもとにパニック障害改善プログラムを作成した山田直樹氏からのお話です。


★  ★  ★



阪神淡路大震災の被災者となり、震災によるストレスが原因で、
私はパニック障害になり、PTSDも併発してしまいました。


医者からは「様子を見るように」と言われ、
精神安定剤を処方されました。
でも、あまり薬を飲むのが好きではなかった私は、今までも
せいぜい胃腸薬を飲むくらいでしかなかったし、
だから病院からもらった薬もはじめは飲んでいましたが、
あとは飲まずに何とか治そうと思いました。


でも、パニック障害はそんなに簡単に治るわけではありません。


震災に遭おうが、体調が悪かろうが、仕事はしなければいけません。
仮住まいしていた実家から私は会社に通い始めました。
会社に行くと、意外なかたちで地震の弊害がありました。
それは、震災に遭った人と遭わなかった人とで、
意識が違うというものでした。
 
震災に遭った人にとっては、その後の生活のことも含めて災害ですが、
震災に遭わなかった人にとっては、あれだけの災害でももう過去の話なのです。
被災者同士で震災のことを話していると、
「いつまでそんな話をしているのか」
という目で見られてしまいます。
それが新たなストレスとなっていたのか、
私は会社でも、あの発作が襲ってくるようになってしまいました。


激しい動悸、息苦しさ・・・。


その頃から、私の発作の回数が増えてきました。
発作が起きると自分でもどうしようもないので、
トイレやお風呂など1人になる状態が怖くて、
なるべく早く出るようにしていました。


夕飯にお酒を飲むと、次の日の朝にはいつもあの発作が起きるようにもなりました。
そのせいで、それまでは好きだったお酒も全く飲まなくなってしまいました。


小さい頃から頼れるヤツだと言われてきた自分は、
もうどこにもいなくなってしまいました。


こんな状態が一生続くのかと思うと、もう何も楽しくなくなりました。


震災の後、補修された家に戻ってはみたものの、
実家に仮住まいしていた時にも発作を起こしていた私に、家族は
「しっかりして欲しいのに」「頼りないなぁ」と言っていたので、
それからの私は、発作が起こるたびに
「胃が痛い」と言って誤魔化していました。


仕事で取引先の人と打ち合わせをしている最中にも、
発作が起こりそうになり冷や汗を流すこともたびたび出てきました。


いつ起こるか分からない発作に怯えながら毎日を過ごし、
震災から2年後、私は妻と離婚しました。
もしかしたら、地震に遭わずパニック障害にもなっていなかったら、
こんなことにはならなかったのではないかと思います。


その後、私は再婚して、新たな生活を始めました。
でも、以前の生活の中で家族に言われた
「しっかりして欲しいのに」
「頼りないなぁ」
と言う言葉がずっと頭に残っていて、
私は再婚した妻にもパニック障害のことは内緒にしていました。


でも、もしかしたら、私が発作を起こすたびに
「胃が痛い」「胆石の発作だ」などと誤魔化していたことも
妻はウソだと分かっていたのかもしれません。
でも、妻は私に疑いの言葉は一切かけず、
私の力になってくれました。
妻に助けられたことは、幾度と無くあります。
すごく感謝しています。


そして私は、このままパニック障害のことを隠し通して
これからも苦しみ続けるのは無理があると思い、
何とかしなければと思うようになりました。


なんとしてでもパニック障害を克服したいと思うようになったのです。



■ パニック障害改善プログラム
  「パニック障害を自宅で改善するプログラム」詳細はこちら


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