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パニック障害改善プログラムとは ②

パニック障害改善プログラムコーチ 山田直樹氏作成の「パニック障害を自宅で改善するプログラム」を紹介しています。
ここからは、自らもパニック障害の経験があり、それを克服した経験をもとにパニック障害改善プログラムを作成した山田直樹氏からのお話です。


★  ★  ★



私がパニック障害になったきっかけは、阪神・淡路大震災でした。
皆さんもご存知の、あの大地震の被災者になったのがきっかけで、
私はパニック障害を発症するようになったのです。


あの突然の大地震によって、私は恐怖のどん底に突き落としました。


私は、震災の前日の夜、仕事を終え、会社の同僚と
呑気にすし屋でお酒を飲んでいました。
そして、帰宅して就寝しました。
そして、次の日の早朝、突然あの大地震が襲ってきたのです。


私はいつも眠りは深く、さらに前の日にお酒を飲んでいたのもあって、
ぐっすり眠っていたはずなのに・・・あの時は、一瞬で目が覚めました。
「ドーン」という爆音とともに、まだ暗い部屋の中を
電子レンジや冷蔵庫など、家具が吹っ飛ぶほどの揺れでした。


突然のことで、私はベッドの近くの柱にしがみついているのがやっとでした。
妻と子供は家具の下敷きになっていたのですが、
周りが暗くてその時はすぐに確認することができませんでした。
正直なところ・・・
この時のことを詳しく思い出そうとしても、断片的にしか記憶がありません。
私がどうやって妻と子供を助け出したのかも、よく覚えていないのです。


それほどの衝撃を、その時の私は受けていました。
思い出せることと言えば、ガラスと食器の破片だらけの床・・・。
そして、玄関の扉が半分ほどまでつぶれていたということ、です。


その後、私たち一家は大阪の実家に仮住まいすることにしました。
それまで住んでいた建物は全壊してしまいましたが、
どうにか落ち着くことはできました。


しかし、その震災から一ヵ月後・・・
就寝中、私は、
今まで経験したことがないくらいの息苦しさを感じて目が覚めました。
起き上がろうとしたのですが、鉛のように体が重く、
起き上がることができませんでした。


今まで感じたことのない違和感がありましたが、
「二日酔いなのだろう・・・」と思い、なんとか起き上がって
洗面所に向かい、顔を洗い、水を飲みました。


でも、息苦しさは消えず、さらに強くなっていまきした。


どれだけ息をしようとしても、体の中に空気が入ってこないような感じ・・・。
動悸は早く、強くなっていき、体から力が抜けて
私は立っていられなくなりました。
自分が過呼吸になっているのに気付いた私は、
口にビニール袋を当ててみましたが、
落ち着きがなくなってしまっている状態では、どうにもなりません。


私の異変に気付いた母親が駆けつけ、手を握ってくれて
私は少し落ち着きました。
しかし、まだ息苦しさは消え去ってはくれませんでした。


私は、すぐに入院しました。
しかしし、いろんな検査をしたにもかかわらず、結果は「異常なし」。


医師の話では、仕事が忙しく、震災があったにもかかわらず
ろくに休みも取れなかったせいで、疲れが出たのではないか、というものでした。
私もそうなのだろうと思って、その時は納得していました。
1週間入院して様子を見た後、私は退院しました。
これで一安心と、ホッとしていました。


しかし、事はそれで終わってはくれませんでした。


退院した2日後・・・
あの時と同じ感覚で、私は目が覚めました。
あの息苦しさです。動悸が激しくなり・・・


「今度こそ、死んでしまう・・・」


そう思いました。
30分くらいで息苦しさは収まりましたが、
私は、以前に入院したのとは別の病院で検査してもらいました。
その結果・・・また、「異常なし」。



「こんなに死にそうなくらい苦しいのに、異常なし?」


その後、私は病院を転々としました。
そして、ようやく分かった私の病名は、「パニックディスオーダー」。
パニック障害として、今では知られるようになった病気です。


私は、このパニック障害という病気で、
五年間苦しみ続けることになりました。



■ パニック障害改善プログラム
  「パニック障害を自宅で改善するプログラム」詳細はこちら


 



 

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